花粉症は公害ー後編

6.スギ植林の歴史

 木は薪を燃やしたり、木造住宅を建てたり、人間が生活を営む上で木は欠かせない存在です。ただ、木の育成のペースを越えて伐採すると森は消滅し、人間も木を利用出来なくなります。世界ではこの需給バランスが崩れたことよる森林の縮小、砂漠化が進んでおります。そのため人は植林を通じて需要と供給のバランスとってきました。植林とはその名の通り木を植えることであり、古くは江戸時代から植林事業が行われておりました

 第二次世界大戦中、日本は戦況の悪化に伴い人々の生活は苦しいものになりました。食べ物や生活消費財が配給制となり、家にあるものも戦争のために国に供出されました。特に第二次世界大戦末期は戦争に必要な鉄が無くなり、様々な鉄製品が木製に置き換わりました。例えば、戦後末期には木製の戦闘機が制作されたそうです。また戦争途中からは深刻な石油不足に悩まされ、石油の代替として木材が多く利用されました。このように燃料や各種資材として木材を利用するために濫伐が行われ、その結果、日本の森林は荒廃し、荒廃した森林面積は150万ha(森林総面積の約6%)にも及びました。

 戦後は造林事業が公共事業として位置づけられ荒廃した森林の復旧が進められました。一方で戦後は朝鮮戦争による特需が起こりました。そして戦後復興が進むに伴い経済成長が進み、木材の需要が急激に高まりました。そこで政府は1958年に「国有林生産力増強計画」を発表。拡大する森林の需要に対応すべく、生産価値の高い木を植えるよう林業関係者を指導しました。具体的に生産価値の高い木とは主に「スギ」です。他の種類の木と比べ成長が早く、まっすぐ伸びるなど付加価値が高いことから補助金を出しスギの植林を推奨しました。

 ただ、当時は高度経済成長の時期であり、木材の需要は到底国内の供給では賄えませんでした。そこで1960年、政府は「木材の輸入自由化」に踏み切りました。しかし、その後すぐ外国産木材の輸入価格の下落に伴い、国内木材は競争力を失いました。また木材燃料が石油燃料に切り替わったことにより、木材の需要が当時の見込みほど増えませんでした。その結果、国内産木材の国内シェアは輸入自由化の年である1960年には86.7%だったのが、たった10年後には1970年にはなんと45%まで減少、その後も衰退の一途を辿り、1999年には19.6%になり、国内の木材の8割以上が外国産の木材となりました。日本の国土の多くは森林で占められている自然豊かな国にも関わらずその資源を有効に活用できていないのです。

 以前より林業に従事する人のほとんどが家族経営のように小さい単位であり、また国の林業政策は政策誘導のため非常に画一的でした。そのため、通常の企業のように創意工夫に基づく林業の成長は難しく、林業関係者は国が推奨することだけを行い、補助金を貰うことが主目的になっていました。

外国との競争に負けた国内林業は衰退の一途をたどり、スギの植林によって国内の木材需要を賄うという国の目論みは崩れました。そのため植林されたスギは手入れされることなく、多くのスギが間伐等の手入れがなされず、そのままの状態で残され今の状況に至ります。皆さんも遠出をした際、山を見る機会があれば良く見てください。深い緑色をした真っすぐ伸びたスギの群生がすぐ見つかると思います。多くのスギは戦後の国の植林政策で植えられたものです。

7.国・林野庁の失政

 前項でスギが戦後増加した理由は国によるスギ植林の推奨であることが分かりました。国・林野庁が進めた森林政策にはいくつかの問題点があります。一つ目は、森林を経済の観点だけで捉えてしまったことです。森林には経済的側面以外に環境という側面があります。森林は光合成の際に二酸化炭素を吸収し酸素を排出します。これは世界的な課題となっている地球温暖化に効果があるとされています。また森林には様々な生物が生息しており森林の保全は生態系の維持にもつながります。その他にも森林は貯水能力があり、雨を根で吸収し徐々に排出する機能があります。森の貯水能力のおかげで洪水が防がれています。このように森林は経済以外に環境の側面があります。多様な生態系の保護という観点があれば、植林する木を安易に全てスギにするという発想は生まれなかったはずです。戦後復興の日本では環境より経済が優先されており、スギ単種の植林はその結果であると言えます。

 二つ目の問題点が、国・林野庁に長期的な視野が欠けていたことです。皆さんもご存じの通り木は植林してもすぐには育ちません。育成が早いスギでも大きくなるまで20~30年程度かかります。今日植えても伐採できるのが20年後であり現在の需要を満たすことはできません。そのため木を植林する際は長期的なスパンでの見通しが欠かせません。しかし当時の林野庁にはその視点が欠けていました。とにかくスギを植えることしか頭になく、林業という産業をどのように成長させていくかという視点が決定的に欠けていました。そして最大の失敗が安易な木材輸入の自由化です。当時は木材が不足しておりましたが、いずれ需要が供給を上回り価格競争が起こることは当然予想出来たはずです。林野庁は経済的観点からスギを植林させたのなら、それが産業として成り立つように責任を負うべきです。木が不足したため、林業関係者にスギを植えさせたのは良いが、スギが育った頃には海外の木材が安価であり、植えたスギが事業として成り立たずそのまま放置されたのでは余りにお粗末な結果です。国・林野庁は長期的視野が求められる林業を半年単位で収穫できる農業と同じロジックで進めてしまいました。ただ1点付け加えると木材輸入の自由化は決して悪いことではありません。適正な競争の中で安価な木材が入手でき、消費者のメリットになります。繰り返しますが、一番の失敗は長期的観点で林業という産業をどうしていくかという視点に欠けていた点です。

 3つ目の国の失政は、国・林野庁のスギ花粉症に対する対策の遅さです。前述のとおりスギ花粉症が認知されたのは1963年です。そのためスギの植林を奨励した戦後はスギ花粉症を予見することはできませんでした(ただ環境の観点からは、スギのみを大量に植林するのには疑問がありますが)。ただ1970年代にはスギ花粉症が社会問題として認知されたにも関わらず、スギの植林は続けられました。恐らく社会問題化した当時にすぐ対処していればここまでの酷い状況にはならなかったと思われます。林野庁は認知されてから20年以上何の対応も取らなかった不作為の罪があります。

 このようにスギ花粉症とは決して自然現象による仕方が無いものではなく、行政の失政による公害なのです。

8.今後の対策・進むべき方向性

 水俣病・四日市喘息など日本は高度成長期に多くの公害を経験しました。いずれも生命を脅かす公害として訴訟に発展し、賠償・補償金の支払い命令が出ております。花粉の飛散を自然現象だと考えていると想像できませんが、スギ花粉症が公害であるという前提で考えると考えが変わり、何かしらの対策が求められることが分かるかと思います。

 ではなぜ国は自分の政策が引き起こした公害について手をこまねいているのでしょうか。単純に考えると今まで植林したスギを全て伐採すれば良いはずです。ただ調べていくと全て伐採するのは難しいことが分かってきます。まず、お金・人手が足りません。何十年にも渡って植えられたスギを伐採するには多大な労力・費用がかかります。林野庁は設立当初から大幅な赤字経営となっており、大量のスギを伐採するには兆単位での税金が必要となります。また現状林業は衰退しており、林業従事者も減少しており、切ろうと思っても人手が足りません。次に環境の側面です。仮に全てのスギを一度に伐採すると洪水の問題が発生します。また日本の総面積の18%ものスギを一度に伐採すると生態系への影響・二酸化炭素の増加の問題も懸念されます。

 現在国は根本的な対策を打ち出せておりません。国は日本の森林政策(林業・環境等)をどのようにしたいのかの明確な方向性が出てきていないのです。スギ花粉が少ないスギへ植え換えようという考えもあるようですが、今までの経緯から考えるとなぜこれからもスギを植えようとするのか疑問が湧いてきます。まさに国の迷走を物語っています。

では日本の森林政策はどうすれば良いのでしょうか。森林政策に正しい1つの答えは無いと思います。このままスギ花粉を我慢し続けるのか、莫大な負担をしてスギを伐採するのか。色々な考えがありますが、私見としては、まず国民の皆がもっと真剣にこのスギ花粉の問題・森林政策について考えてほしいと思っています。国民が無関心であれば政治は動きません。もし本当にスギ花粉を無くしたいと思う人がいれば、それを声に出すべきだと思います。そうしないと今まで何も変わらなかったようにこれからも何も変わりません。

 私の意見として、何より先に林業の位置づけを明確にさせるべきと考えます。これは追加で調査が必要ですが、林業がどのような産業として進むべきかを早急に見極める必要があると思います。このスギ花粉問題は林業に携わる人の力なしでは解決できません。

 林業のこれからはスギ以外の木で活路を見出していく必要があります。工場で排気ガスが規制されるようにスギ単一の植林は規制されるべきです。林業を進めていく過程でスギを伐採し、スギの代わりとなる木を何種類か植えるように国が指導、補助していきます。

また並行して産業とは別に、環境保全のために環境に影響が出ないようスギを計画的に伐採し、代わりに多様な木々を植林します。ここでは植え換えるのが目的ではなく、環境の保全が目的です。植えた後も長期に渡り保全することが必要です。これには長期的に莫大な国民の税金が必要となります。ただ現在花粉症が原因の損害が多く発生しています。例えば、花粉症の人は病院に通い、マスク・目薬を買う必要が生じております。また定性的には仕事の効率低下など見えない損害も発生しています。加えて地方自治体は独自に花粉対策を打っておりますが、現時点では費用に見合った効果が出ておりません。これは花粉が非常に広域的な問題であることと、根本原因であるスギの伐採に本腰を入れて取り組めていないからです。このように現時点で多くの費用が発生している現状を鑑みれば、税金を投入しても対策する価値はあると思います。

9.終わりに

 この文章はスギ花粉症である私が何故スギ花粉が減らないのかという疑問から書いた文章です。林業分野における考察や対策は考えが不足している部分もあるかもしれません。しかし、この文章で一番言いたいことは、花粉症は国が引き起こした公害であるということです。そしてそれは国民の皆が認識し声を上げないと今後も解決しない問題であるということです。国が高度成長期の失政で引き起こしたスギ花粉症が一日でも早く無くなり、スギ花粉症の人が春の暖かくなってくる時期に、自由に外に出て春の訪れを楽しめる日が来ることを祈ってこの文章を終わります。


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